教会紹介

名古屋教会のあゆみ

名古屋教会は、1953年に成澤エミ牧師、樋口麗子牧師(後の毛戸麗子牧師)がキリスト兄弟団から遣わされ、瑞穂区にあります黎明保育園の一室を借りて礼拝が持たれ、宣教が開始されました。その後毛戸健二牧師が着任。道徳で借家として一戸建ての家が与えられ、名古屋教会の宣教が続けられました。

しかし1959年、伊勢湾台風によって名古屋教会の建物はすべて水没し、クリスチャン新聞では「再起不能な兄弟団名古屋教会」と書かれるほどの甚大な被害に遭いました。大きな試練の中を通されましたが、現在の道徳に土地と会堂が与えられ、今日に至るまで宣教が続けられてきました。

この地で2023年に創立70年を迎えました。開拓から中心になって先頭に立ち、宣教に尽力され、名古屋教会を指導されてきた毛戸健二牧師、麗子牧師は天に召されましたが、先生方の信仰を受け継ぎ、成長してきた名古屋教会は、さらに宣教のために立ち上がり、ゴールに向かって励んでいます。

牧師紹介
川津良知主任牧師

私は牧師家庭で生まれ育ちました。世界から見ますと、クリスチャンは世界人口の3分の1はいると言われていますが、日本では牧師の子というのは珍しいものですから、小学校時代キリスト教関係の授業がありますと、からかわれることもあり、自分の家がキリスト教会というのは恥ずかしいものでした。それでもイエス・キリストだけは私の悲しみも、苦しみも、ちゃんと理解してわかってくれると信じていました。イエス・キリストは私の罪のために十字架にかかり、苦しみと辱めを背負われるほど私を愛し、私を認めてくださるお方です。

そんな私は1976年に洗礼を受け、1983年に牧師となることを決めて、聖書学院に入学しました。卒業後、いくつかの教会を経て、母教会である豊橋教会の牧師として遣わされ、結婚もしました。

その後、2009年4月から名古屋教会に遣わされていますが、実は名古屋教会と私は不思議な関係があるのです。私の父はもともと仏教の家の長男として生まれましたが、高校2年生の時にキリスト教に導かれ洗礼を受けました。その時、導いてくださったのが名古屋教会の毛戸麗子牧師だったのです。そして、私の妻は毛戸健二・麗子牧師の次女として名古屋教会で育ったのです。今、私は父の母教会でもあり、妻の母教会でもある名古屋教会の牧師として奉仕をしています。

もう一つ不思議に思うことがあります。それは、名古屋教会の近くに堀川という川があるのですが、その昔江戸時代、名古屋城築城のころ、私の先祖が堀川沿いにある木場という場所で徳川幕府に仕えていたというのです。もしかしたら私の先祖が歩いたかもしれないこの場所で、しかも、当時なら処刑されていたかもしれないキリスト教の牧師を今、私がしているのですから、先祖も驚くことだろうと思ったりもします。

このように不思議な関係のある中で、名古屋教会の牧師として今奉仕をさせてただき、神様の導きに感謝をしています。

牧師紹介
川津静香牧師

私は、名古屋教会先代の毛戸牧師夫妻の次女として道徳で生まれ育ちました。(道徳小学校に通っていた私は、小学校の「道徳」の時間の本の「どうとく」は、道徳小学校の生徒たちの為に作られた本だとずっと思っていました(笑)。)父母は、私たち8人の子供たちに愛情をいっぱい注いで育ててくれました。何よりもこの天地を造られた聖書に紹介されている真の神様のことをいつも話してくれ、病気の時や悩み事があると一緒に神様にお祈りしてくれました。また、神様からのラブレターである聖書の言葉によって、私は、幼いころから今日に至るまで励ましと慰めと力を与えていただいてきました。どちらかというと悩みやすく小心者の私です。でも、聖書の中に「神を愛する者の為に…全てを働かせて益としてくださる」(ローマ8:28)という神様の約束があります。いろんな問題で不安になる時も、神様を信頼していく時、マイナスをプラスに変えて益と変えてくださる神様が私といつも一緒にいてくださることは大きな励ましでした。そして、私のために命まで捨ててくださった素晴らしい愛なる神様を一人でも多くの人に紹介したいと願うようになり、牧師となり今日に至っています。